2011/03/13

東北地方太平洋沖地震 Sendai earthquake and tsunami

はじめはM7.9とも言われていた地震が今は、M9.0だったということになりました。
At first, they say it was M7.9. But now they say it was M9.0.

1万人以上の行方不明者がいるといわれているというのに、こんなときにも政治家達がすることはといえば、安全な国会にて、お金のことばかりの話し合い。それか、爆発した原子力発電所は安全です。放射能が少々漏れたかもしれないけれど、致死量にはいたりません。安心してください。あと何機か同じように爆発するかもしれないけれど、その爆発は危険な爆発ではありませんので、どうかご安心を。などと、まったく頓珍漢なことばかりやって言っていて頭にくる。


先ほどもテレビでは、両親を津波で亡くしたと言う小さなお子様のことが報道されていました。
娘二人とだんなさんが生き埋めになっている、というお母さんが号泣していました。

私の福島県に住む親戚は、水がないので、給水車から水をもらうため、寒い中2時間並んだそうです。

仙台に住む遠い親戚はさっきまで連絡できなかったのだけれど、先ほど連絡がついて、家の中が大変なことにはなっているものの、津波には持っていかれなかったので、何とか無事だということでした。でも80代後半の老夫婦だけの世帯、その片付け一体どうして良いものかと途方にくれているそうです。電気も水もガスも来ていません。

私はこんなに健康な体をもてあましていることがつらいので、今すぐにでも飛んでいきたいのだけれど、電車も、長距離バスも動いていない中、いったいどのようにして向こうに行って良いものかと悩んでいます。

今ラジオで、今の段階のレスキューは、一般人のボランティアでは無理ということでした。ボランティアを被災地中心部に運ぶための、専用シャトルバスなどがあるといいのだけれど。何もできないのがつらいです。

ニュージーランドは、自国のことで精一杯で、そんな余裕は絶対にないはずなのに、日本には多大な応援をしてもらったからということで、今クライストチャーチにいるレスキュー隊員たちを日本へ向かわせると宣言していました。それを聞いて私は、涙が出るほど感動しました。私はニュージーランドにいたので、ニュージーランドがどんなに苦しい状況にあるか、良く知っているつもりです。去年の9月の地震、観光用の飛行機の墜落事故、日本ではまったくといって良いほど報道されていなかったそうですが、29人炭鉱の生き埋め事故、12月26日のボクシングデーの地震、そして私がクライストチャーチを離れた瞬間に起きたあの大地震。ニュージーランドは日本と比較にならないぐらい貧しい国。でもとても熱い心を持っていました。苦しいけれど、皆で政治家はもちろんのこと、最低限生きられるように、一人一人が損得勘定は後回しで、精一杯がんばった。と私はそのように感じました。


こちらのお宅は瓦が崩れ落ちていました。私の住む辺りで、このように見てすぐ分かるように被害を受けている人はあまりいません。このように、日本の伝統的なつくりの家が特に被害を受けているようです。こちらの家の方、先ほど会ったのですが、今東京から帰ってきたとのこと。地震があったときは東京に出ていて、東京駅まで歩いていき、東京駅で夜を明かし、トイレも我慢して5時間東京駅で、千葉の方面行きのバス停で並んで、昨日の夜中3時に千葉の親戚の家に到着。そして少し寝てから今日やっとの思いで帰ってこれたそうです。

その方のお話では、まったく暴動や強盗などまったく起きず、みんな黙って極限状態なのにお互いを助け合いながら、黙々と歩いて来た。日本人であることを誇りに思うと涙を浮かべながら言っていました。


うちの父の書斎。本が全て本棚から出ています。趣味でやっていたプラモデルがめちゃくちゃ。

私の部屋初公開!!もともと汚いからどこが地震でなのかはっきり分からないところですが、このほとんどが地震によってです!本当です!!私の趣味でやっていた写真のアルバム50冊くらいが全て落ちました。それ以外にもCDや本などすべて落ちてめちゃくちゃです。

さきほど、近所のスーパーに行ったら、うわさでは聞いていたけれど、本当に何も売られていなかった。肉コーナー、パンコーナー牛乳などの乳製品はひとつも品が無かった。魚コーナーには5パック魚が売られていた。冷凍食品コーナーは同じものだけど、7こくらいあれば良いほうだった。野菜コーナーもほとんど何も無かったけれど、数品売れ残っていた。それでも、お客さんの数だけはたくさんあり、レジはどれも長蛇の列だった。まるで、昔のロシアの映像のようでした。こんな日本の混乱状況は初めて目の当たりにしたので、物流がいったいどれぐらいストップするのかと思うと非常に恐ろしいと思いました。でもそれは私だけではなくて、皆共通していること。明日の食料の無い恐ろしさを初めて認識しました。

そんな中でもあったうれしいニュースが一つあります。15km沖合いを漂流していた60歳男性が、海上自衛隊によって救助されたというニュースです!ご本人曰く、津波に家ごと持っていかれて、家の一部の木材にしがみついていた。ということです。この寒い中、二晩も海につかりながらの漂流、希望を最後まで捨てないということを教えてくれました。

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